シフトレフトは、ソフトウェア開発において早期からテストを組み込むことで、不具合の早期発見や修正コストの削減、製品の品質向上などが期待できるアプローチです。
あらゆる変化のスピードが上がり、競争環境が激化するなかで、シフトレフトの重要性はますます高まっています。
この記事では、シフトレフトの概要から注目を集める理由、シフトライトとの違い、メリット、実施方法、そして実施における重要なポイントまで詳しく解説します。シフトレフトに対する包括的な理解や、シフトレフトの導入における一助となれば幸いです。
シフトレフトとは
シフトレフトとは、ソフトウェア開発プロセスにおけるテスト活動を早期に開始するアプローチを指します。
従来のソフトウェア開発モデルでは、テストは開発の後半で行われることが一般的でした。V字モデルを例にあげると、開発プロセスは以下の図のように左側の開発工程から、右側のテスト工程という順番で進んでいきます。
参照:V字モデルとは|ウォーターフォール型開発における品質面でのメリット
しかし、シフトレフトのアプローチでは、テストを左側の開発工程に組み込むことで、より早く仕様バグなどの問題を発見し、修正することが可能になります。このように、テスト工程を左側(上流の開発工程側)に移動することから、このアプローチはシフトレフト(Shift-left)と呼ばれています。
シフトレフトの活用は、品質向上やコスト削減、開発期間の短縮を目指すうえで非常に有効です。
JSTQBによるシフトレフトアプローチの解説
参考として、ソフトウェアテスト技術者資格認定の運営組織であるJSTQB(Japan Software Testing Qualifications Board)によるシフトレフトについての解説もあわせてご紹介します。
JSTQBのシラバスによれば、シフトレフトとは『テストが SDLC(ソフトウェア開発ライフサイクル) の早い段階で実行されるアプローチ』であり、『早期テストの原則』のことと述べられています。つまり簡単にいえば、シフトレフトとは「開発プロセスの早い段階でテストをすること」といえます。
『早期テストの原則』については、7つのテストの原則の一つ『早期テストで時間とコストを節約』において言及されており、早期に欠陥を見つけるためにSDLCの早い段階でテストを行うことを指します。その結果、『SDLCの後半に発生する故障が少なくなるため、品質コストは削減される』というメリットが得られます。
出典:テスト技術者資格制度 Foundation Level シラバス Version 2023V4.0.J02
7つのテストの原則については、以下の記事で詳しく紹介していますので、ぜひあわせてご参照ください。
シフトレフトが注目を集める理由
近年、シフトレフトが注目を集めている理由には、いくつかの要因があります。
まず、ソフトウェアの複雑化や大規模化が進む中で、早期に問題を発見することの重要性が増しています。もし開発の後半で不具合などの問題が発見された場合、早期に問題が見つかった場合に比べてその修正に多大な時間やコストがかかることが多いことから、少しでも早い段階での問題発見が求められています。
例として、以下の図にあるように、要求仕様や設計段階といった上流工程で不具合のもととなる問題を見つけて修正することができた場合に比べて、実際に不具合が実装されるコーディング以降で不具合が見つかり修正した場合には、数倍から数十倍ものコストがかかる可能性が示されています。
参照:バグの早期検出メリットとその方法|インスペクションのすすめ
このように、不具合の検出が遅くなればなるほどその影響は大きくなり、その規模によってはリリースの遅延や信用の低下といったことを引き起こすリスクも高まるため注意が必要です。
さらに、アジャイル開発やDevOpsの普及もシフトレフトに対する注目の高まりを後押ししています。これらの開発モデルでは、スピーディかつ継続的なインテグレーションとデリバリーが重視されており、テストの早期開始はこれらのプロセスを円滑に進めるために不可欠です。シフトレフトにより、開発チームは迅速にソフトウェア品質についてのフィードバックを得ることが可能となり、品質を担保しながら改善を続けることができます。
また、仕事から日常生活まで、あらゆるものがシステムやアプリなどに置き換わるなかで、競争の激化やユーザーからの期待の高まりも一因として挙げられます。
日々新しいソフトウェアがリリースされるなかで、品質の高い製品を迅速に提供することは企業の競争力を維持するために極めて重要です。シフトレフトの導入により、製品の品質を確保しつつ、開発スピードを加速することが可能になります。
このように、シフトレフトは現代のソフトウェア開発において、品質と効率を両立させるための重要なアプローチとしてますます重要性が高まっているのです。
シフトレフトとシフトライトとの違い
「シフトレフト」と対比されるアプローチとして「シフトライト」があります。
シフトレフトとシフトライトは、ソフトウェア開発においてテスト活動を行う段階に違いがあり、どちらもソフトウェアの品質を向上させるための重要なアプローチですが、それぞれ異なる目的と利点を持っています。
シフトレフトは、上記のとおり開発プロセスの早期段階でテストを開始することを指します。このアプローチの主な目的は、早期に不具合などの問題を発見し、影響が小さいうちに修正することです。これにより、開発の後半での大きな手戻りを防ぎ、コストや時間を節約することができます。
一方で、シフトライトは開発プロセスの後期、すなわちリリース後に焦点を当てたテストアプローチです。シフトライトは、本番環境での使用状況やリリース後の継続的な品質保証活動を通じて、実際のユーザーが使用する環境からフィードバックを得ることで、製品のパフォーマンスやユーザーエクスペリエンスを含む品質を評価します。このアプローチは、特にクラウドベースのサービスや継続的デリバリーを行う企業にとって重要です。シフトライトにより、リリース後も製品の品質を維持し、必要に応じて迅速に改善を行うことができます。
両者の違いは、テストのタイミングと目的にありますが、どちらも相互に補完し合う関係にあります。シフトレフトで早期に問題を発見し、シフトライトで実際の使用状況に基づく改善を行うことで、ソフトウェアの品質を総合的に向上させることが可能です。このように、シフトレフトとシフトライトを組み合わせたアプローチは、現代のソフトウェア開発において非常に有効です。
シフトレフトのメリット
シフトレフトアプローチは、ソフトウェア開発プロセスにおいて多くのメリットをもたらします。以下に、シフトレフトを導入することによって得られる主な利点を5つご紹介します。
1. 早期のバグ検出と修正によるリスク軽減
シフトレフトの最大のメリットは、開発の初期段階で仕様バグなどの不具合につながる問題を早期発見できる点です。
これにより、問題が大きくなる前に対処することが可能となり、後々の不具合の修正コストや想定外のトラブル発生リスクを大幅に軽減できます。
2. 開発コストの削減
不具合を早期に発見して修正することは、開発コストの削減に直結します。開発の後半での不具合修正は、原因の分析や特定、手戻りなどが発生するため多くのリソースと時間が必要となります。
シフトレフトにより、修正にかかるコストを削減し、プロジェクト費用の増大を防止します。
3. プロジェクトの遅延防止
シフトレフトを採用して早期に不具合などの問題を解決することで、開発の後半での予期せぬ遅延を防ぎ、計画通りのリリースを実現しやすくなります。
4. 製品品質の向上
開発の初期段階から品質保証の取り組みを開始することで、最終製品の品質向上が期待できます。高品質な製品を市場に投入することは、ユーザー満足度の向上や企業の信頼性向上にもつながります。
5. 開発効率の向上
シフトレフトは、開発チームにとっても効率的な働き方を促進します。テスト活動を早期に開始することで、開発担当者とテスト担当者の間のコミュニケーションが向上し、チーム全体の協力体制が強化されます。
この結果、プロジェクト全体の生産性や品質の向上、認識齟齬によるトラブル発生リスクの改善などが期待できます。
シフトレフトの実施方法
シフトレフトを開発プロセスに効果的に導入するためには、いくつかのステップと手法について考慮する必要があります。以下に、シフトレフトを実施するための具体的な方法を紹介します。
1. 早期のテスト計画と設計
シフトレフトの実施において重要となるのは、プロジェクトの初期段階からテストの戦略や計画の作成、設計を行うことです。要求・要件定義や設計フェーズといった上流工程の段階からテスト担当者が定義書や仕様書などのドキュメントのレビューを行い、それらをもとにテストを設計します。
早期のドキュメント確認やテスト設計により、要求や要件、仕様の矛盾や抜け漏れの防止につながります。
2. テストの自動化
テストの自動化は、シフトレフトの効果を最大化するための重要な要素です。単体テストやシナリオテスト、リグレッションテストなどを自動化することで、テストの実行が迅速かつ高頻度で行えるようになり、開発サイクル全体のスピードや品質を向上させることができます。
ただし、テストの自動化にはメリットだけでなく注意点もあります。詳しくは以下の記事で解説されていますので、あわせてご参照ください。
3. 継続的インテグレーション(CI)の導入
継続的インテグレーション(CI)は、コードを頻繁にリポジトリに統合し、自動テストを実行するプロセスです。CIを導入することで、開発者はコードの変更が他の部分に与える影響をすぐに確認でき、早期に問題を発見することができます。CIは、シフトレフトの実践において重要な役割を果たします。
4. テスト駆動開発(TDD)の採用
テスト駆動開発(Test-Driven Development、略称 TDD)は、シフトレフトを実現するための強力な手法です。TDDでは、コードを書く前にテストケースを作成し、そのテストをパスするための最小限のコードを実装します。これにより、開発者は常にテストを意識しながらコードを書くことができ、品質の高いソフトウェアを構築できます。
一方で、TDDではコードを書くたびに都度テストケースを作成する必要があることから、開発にかかる労力や時間が増加します。そのため、TDDの導入にはメリットとデメリットを見極めたうえで判断する必要があります。
シフトレフトの実施におけるポイント
シフトレフトを開発プロセスに取り入れるためには、いくつかの重要なポイントを押さえておくことが必要です。そこで続いては、シフトレフトを成功に導くための具体的なポイントについて解説します。
1. 組織文化と意識のアップデート
シフトレフトを成功させるためには、開発チームを含む組織全体の文化と意識を変革することが重要です。テストは単なる後工程ではなく、開発の一部であるという意識を持つことが求められます。開発者、テスト担当者、プロジェクトマネージャーが一体となり、品質を最優先に考える文化を醸成することが必要です。
JSTQBのシラバスにおいても、『シフトレフトアプローチのために、ステークホルダーがこの考え方に納得し、受け入れることが重要である。』と述べられています。
引用:テスト技術者資格制度 Foundation Level シラバス Version 2023V4.0.J02 2.1.5 シフトレフトアプローチ
2. 開発者とテスト担当者の協力体制の構築
プロジェクトの初期段階から、開発者とテスト担当者、プロダクトオーナーなど関係者間での密な協力体制を確立することも重要です。関係者間で共通の目標を持ち、コミュニケーションを円滑にすることで、よりスムーズに早期のテスト活動を進めることができます。
チームの一体感を高めるために、目的の共有や定期的なミーティング、さまざまな共同作業などを通じて、チーム全体の協力体制を強化しましょう。
3. テストの自動化とツールの活用
「シフトレフトの実施方法」でもご紹介したとおり、テストの自動化はシフトレフトを実現するうえで不可欠な要素です。自動化ツールを活用して、リグレッションテストやビルド検証を迅速に行うことで、品質を保ちながら開発サイクルを加速させることができます。
また、テスト管理ツールやCI/CDツールを導入することで、テストプロセス全体を効率的に管理し、透明性を高めることができます。
4. 継続的なフィードバックと改善
シフトレフトを効果的に進めるためには、継続的なフィードバックループを構築することが重要です。ドキュメントレビューやテストの結果、テスト担当者からのフィードバックを迅速に収集し、開発プロセスに反映させることで、製品の品質を継続的に改善することができます。
5. トレーニングとスキル向上
シフトレフトを成功させるためには、チームメンバーのスキル向上が不可欠です。テストの自動化やTDD、CI/CDに関するトレーニングを実施し、最新の技術や手法に精通した人材を育成することが重要です。これにより、チーム全体の能力が向上し、シフトレフトの効果を最大限に引き出すことができます。
JSTQBのシラバスにおいても、『シフトレフトアプローチは、プロセスの初期には追加のトレーニング、労力、またはコストがかかるかもしれないが、プロセスの後期には労力やコストを削減することが期待される。』と述べられています。
引用:テスト技術者資格制度 Foundation Level シラバス Version 2023V4.0.J02 2.1.5 シフトレフトアプローチ
まとめ
この記事を通じて、シフトレフトの概要やシフトライトとの違い、メリット、実施方法、そして実施における重要なポイントまで、包括的に詳しく解説をしました。
シフトレフトは、ソフトウェア開発プロセスにおいてテストを早期に開始するアプローチであり、開発の初期段階で不具合などの問題を発見・修正することで後の手戻りを防ぎ、品質向上やコスト削減、開発期間の短縮を期待することができます。
これらのメリットを最大限に引き出すためには、組織全体の文化と意識の変革や関係者間でのコミュニケーションとコラボレーション、テストの自動化とツールの活用、継続的なフィードバックと改善、そしてメンバーのスキル向上が重要です。
シフトレフトは、単なるテストの早期開始に留まらず、開発プロセス全体の効率化と品質向上を促進するための包括的なアプローチです。現代のソフトウェア開発において、競争力を維持し、品質の高い製品を迅速に市場に投入するためには、シフトレフトの導入が不可欠です。
この記事が、シフトレフトを取り入れる際の参考となり、開発プロセスの改善に少しでも寄与することができれば幸いです。
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