はじめに
前回の記事「ソフトウェア品質とは」では、ソフトウェアの品質を考える上で基本となる特性などをご紹介しました。品質をめぐる捉え方や解釈には唯一無二の正解があるわけではありません。そこで、今回はより品質を突き詰めるべく、ソフトウェアに限らず、製品やサービスの品質とはそもそも何なのか、という視点で考えてみることにします。
狩野モデルが定義する5つの品質
顧客の求める品質は決して一つの型にはまるものではなく、顧客が感じる満足度はさまざまです。こうした顧客の求める品質をモデル化したものとして、東京理科大学名誉教授の狩野紀昭氏が1980年代に提唱した「狩野モデル」があります。このモデルは海外でも“Kano Model”として広く知られており、品質と顧客満足度の関係を捉える上で参考になる考え方です。
狩野モデルでは、品質の要素を以下の5つに分類しています。
・当たり前品質・・・あって(充足)されていても当たり前と受け取られるが、ない(不充足)と不満に感じる品質要素。ソフトウェアを例に挙げれば、「機能通り正しく動く」という品質が該当します。ソフトウェアが正しく動くことは利用者(ユーザー)にとっては当たり前のことですが、仮に求める機能に不具合があればユーザーの不満を引き起こします。
・一元的品質・・・あると嬉しいものの、ないと不満につながる品質要素。これは例えば、ソフトウェアの使いやすさなどが該当します。実際、ソフトウェアが正しく動き、使いやすければユーザーの満足度は上がりますが、仮に不具合はなくてもデザインや操作性がイマイチで、UX(ユーザーエクスペリエンス)や UI(ユーザーインターフェイス)が見劣りすれば、結果的にユーザーの不満が高まるでしょう。
・魅力的品質・・・本来なくても構わないものの、あると嬉しい品質要素。YouTubeなどの動画配信サービスを例に挙げれば、外国語の動画音声を自動で翻訳してくれる機能など該当します。ストレスなく動画を観るという本来の品質を満たしている限り、自動翻訳機能はなくても問題ないと言えますが、語学学習などに興味がある人には高い満足度を提供することができます。
・無関心品質・・・あってもなくても顧客の満足度に影響を与えない品質要素。これには例えば、アプリの開発者がユーザーにとってはどうでもよいデザインの仕様を変更するようなケースが含まれます。こうした顧客の関心から遠い領域でのサービス改善は顧客満足度に影響を与えないばかりか結局は無駄な作業となってしまうため、注意が必要です。
・逆品質・・・あると逆に満足度が下がり、ないほうが嬉しい品質要素。例えば、動画配信サービスでこれまで表示されなかった広告が表示されるようになった場合を考えてみましょう。事業者視点では収益化の多角化という目的でコンテンツの隙間に広告を掲載するという決断を取ったとしても、「広告はない方が嬉しい」と考える一部のユーザーにとってはサービス自体の評価を下げる結果につながりかねません。
以下は狩野モデルが示す5つの品質要素を図版にまとめたものです。
製品やサービスの開発者、提供者にとってはこのうち、当たり前品質、一元的品質、魅力的品質の3つに段階的に注力することが顧客満足度向上を実現する上で重要になります。
品質をアップデートし続けるためのステップ
次に、この狩野モデルをベースにどのように品質向上の取り組みを進めるべきかについて考えてみます。
最優先で取り組むべき「当たり前品質」
この点、ソフトウェアの開発を含め、製品開発全般に言えることですが、新たな製品を開発し、顧客に提供する以上、「当たり前品質」というのは最低限確保すべき品質要素でしょう。逆に顧客が当たり前に期待する品質が担保できなければ製品に対する信頼はもとより、自社に対する評判を貶めることにもつながりかねません。
一例として、弊社SHIFT ASIAが手掛けているオフショア開発の領域で言えば、一部のお客様の間には「オフショア開発=安かろう、悪かろう」といった固定観念がまだまだ根強く存在するのも事実です。これは、結局のところ、委託先の外国人エンジニアが開発したソフトウェアやシステムの品質が自国の水準に比べて「当たり前」の品質を満たしていないと評価されることが原因です。
もちろん、背景には技術力やコミュニケーション、プロジェクト進行管理上の不備など、それぞれのケースごとにオフショア開発特有のさまざまな問題が絡んでいることが大半ですが、何をもって「当たり前」とするのか、という合意ができていないまま開発を進めた結果、顧客側の期待と実際の成果物の間に齟齬が生じるケースも少なくありません。ただ、いずれにせよ「当たり前品質」が確保されていなければ、顧客に満足してもらうことはできませんし、次回の発注にもつながるような継続した信頼関係を築くことはできません。
このため、優先度で言えば、「当たり前品質」こそ最優先で取り組むべき品質要素であると言えるでしょう。上記のようなオフショア開発特有の課題を例に挙げれば、以下にご紹介するようなオフショアテスト(オフショア開発先における第三者検証)、すなわち開発にかかわっていない第三者が対象のソフトウェアやシステムの品質をテストし、評価、検証を行うことも、顧客が求める当たり前品質を実現する上で有効なアプローチです。
差別化しやすい「一元的品質」
次に「一元的品質」について考えてみましょう。あると嬉しい「一元的品質」については、製品のスペックやデザインなどの機能性と対応することが多いと言われています。
例えば、スマートフォン本体のストレージの容量が価格据え置きのまま旧モデルと比べて倍増した場合、大半の消費者は嬉しく感じるはずです。また、同じように他社のスマートフォン製品と比べた時に「バッテリーの持ちが50%良い」というスペックの高さを訴求できれば、大きな差別化要因にもなります。
このほか、銀行のスマートフォン向けアプリを例に挙げれば、他行のアプリと比べた際、実現できること(例えば送金や振り込みなどの基本的な機能)は同じでも、わずか数タップで取引が完了できたり、パスワードを何度も入力しなければならないような面倒な認証システムではなく、セキュアで簡単なログイン認証機能を実装していれば、ユーザーからは支持されやすくなると言えます。
このように「一元的品質」は「当たり前品質」を実現した次のステップとして意識、注力すべき品質要素と言えるものの、限られた予算や条件の中で製品やサービスの何を高めれば顧客満足度の向上につながるのかについては業界や企業ごとに異なり、一概には言えません。
上記で触れた「オフショア開発=安かろう、悪かろう」という問題について言えば、こうしたイメージを払しょくするためには「当たり前品質」を達成しただけでは不十分であり、その次にある「一元的品質」でも顧客満足度を上げていくことが欠かせません。例えば、顧客が期待した通りに動くシステムやアプリを納期内にしっかりと開発するというのが「当たり前品質」であると仮定した場合、「一元的品質」というのは、より機能性やデザイン性に優れた改善にも取り組み、顧客の期待を上回る成果を出すという試みであると言えるでしょう。
さらなる付加価値につなげる「魅力的品質」
三つ目の「魅力的品質」は、さらなる付加価値向上を目指すアプローチです。実際、事業パートナーとして顧客とより信頼関係を築くためには、こうした「なくても構わないけど、あると嬉しい」品質を追求していくことが大きなステップとなります。オフショア開発の現場を例に挙げれば、顧客から「良いUI、UXを備えた使いやすいシステム、アプリを開発してくれる開発パートナー」という認知を得られれば、通常は良い開発会社として評価されるでしょう。
ただ、こうしたシステム会社としての開発、デリバリー能力に加え、もし開発支援を通じて顧客のビジネスの競争力強化も支援してくれる会社が存在すればどうでしょうか。それは例えば、新規事業の創出に寄与するアプリ開発で実績を持つ会社だったり、顧客のビジネスや業務を深く理解した上で、顧客が見落としていた課題を特定し、その解決に向けて顧客と共同で取り組める会社だったり、さらには顧客単独ではリーチできないような外部パートとの連携を支援できる会社だったりするかもしれません。
いずれにせよ、こうしたビジネス面での付加価値を提供することができれば、その会社は「魅力的品質」を備えた開発会社として顧客から高い評価を得ることができます。そのためには顧客の課題を敏感に捉えながら次なる改善に向けた提案ができるよう、顧客との関係性も見直す必要があるでしょう。つまり、単に開発ベンダーという関係性だけでなく、顧客とは「開発ベンダーであり、かつビジネスパートナーでもある」というように、より強い関係性を築くことが欠かせません。
こうした取り組みを通じ、顧客が真に求めている品質に近づくことこそが「魅力的品質」の実現につながります。とはいえ、まずは「当たり前品質」や「一元的品質」を疎かにしては、こうした顧客との強い信頼関係を築くことはできないことは言うまでもありません。
品質は時代によって変化する
このほか、最後に品質というのは時代に応じて変化するものでもあるということを申し添えておきたいと思います。
特に現代はテクノロジーの飛躍的な進化などが人々の行動や考え方にも大きな影響を及ぼし、世の中が目まぐるしく変化する時代です。実際、ソフトウェアやシステムに対しては従来以上にビジネス価値を求める動きが強まっています。例えば、問題なく稼働するシステムを開発したとしても、それを利用する人が少なければ「ビジネス上の価値は低い」という厳しい評価が与えられる時代です。
つまり、「誰も使わなければ、そのシステムの品質は低い」と言われる時代になりつつあるのです。このため、開発者目線でも今まで以上にビジネス上のインパクトや価値創出を念頭に置きながら、よりスピーディーに開発を進めていくことの重要性がますます高まっていると言えるでしょう。
おわりに
今回は品質をテーマにした「狩野モデル」を参照しながら、顧客が求める品質と満足度の関係性について考えてみました。優れたアプリやシステムに対するニーズが高まり、誰もがスマートフォンなどのデジタル機器を活用して日常生活を送るようになった現代では、ソフトウェアの品質に対する期待はますます高くなっています。
SHIFT ASIAはベトナムで事業を展開しながら、「オフショア開発=安かろう、悪かろう」といった固定観念を変えていけるよう日々、品質向上に取り組んでいます。具体的には当社を支えるベトナム人エンジニアにテストから開発に至るまでの工程すべてにわたって日本品質で提供できる知識やスキル、仕組みをしっかり根付かせる一方、日本のお客様とはテスト・開発の現場をつなぐ役目を果たす日本人ブリッジSEなどを軸に円滑なコミュニケーションを推進し、高い品質を実現できる体制を構築しています。
このほか、SHIFT ASIAのソリューションや導入事例についてはトップメニューのタブメニューから詳細をご覧いただけますので、何かございましたらいつでもお気軽にご相談いただけると幸いです。
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